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haiirosan's diary

散文とか

蒼い夕景

「梅雨もあと数日で明けるでしょう」と朗らかに予報された、七月某日。民放のお天気コーナーにゲストとして参加していた沢山の小さな子どもや親子が嬌声を上げ、終始笑顔を浮かべていた。だが、果たして彼らの天使のような様態は様々な情念が渦巻く、家族や家庭という小さな世界の中でも無事に保たれているのか、そんな杞憂を浮かべるほどに画面の中に写る夕景は禍々しい紅色に染まっていた。

 遥か彼方、爆音と共に膨張したキノコ雲が紫色に塗りつぶされる。ざわめき狂騒、無慈悲な硝子の雨。空から滴り落ちるレッドアイ、赤い眼をしたバーテンの黒い影が彼らに迫る、此処から逃げよう此処から逃げたい此処はもう……子供達はまだ、嗤い続けている。

――旧校舎の屋上、滑空するグライダー、何処かへ飛び去っていく鴉の群れ。鉄柵の外で手を繋ぐ恋人は瞬く間に身を投げ出していた。スクリーンに吸い込まれた私は淫らな群衆の中の一人。悲鳴に共鳴することは義務であり業務であれ。私は淫らでいることをほんの一瞬恥じた、だが、その瞬間に冷たい手錠が夏の終わりを告げたのだった。

 ざらついたアスファルトスマートフォンの無機質な煌めき、予め決められた恋人たちの醜い死体からまだ生暖かい肉片とどす黒い血が零れ落ちている。そして、熱を喪った彼らの青白い手首にもまた、冷たい手錠が掛けられ、それが彼らを死後も繋ぎ止めているフリをしているのかもしれない。

 私はとあるマンションから夕景を眺めている。多重事故を起こすトラック、行き交う人、煌々と輝くネオンライト、今日は幸せだった今日も生き延びた今日も神の御加護があった今日も誰かを殺したいと思った今日こそは「津山の悪魔」が僕にトリツイテシマウノダそして、と皆思い思いに帰途につく。彼らは何時の間にか蒼く染まった夕景に穏やかに呑み込まれ、私は誰も居なくなったような世界で独りになった。網膜に映る仄かな赤と深い蒼のグラデーションと、遠く遠く、幽かに見える翡翠色の草迷宮の中で笑みを浮かべる、赤いマントの少女を震えながら眺めている。ナイフを握った右掌から、とめどもなく汗が湧き出るのを感じながら。