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haiirosan's diary

散文とか

赤いスカートと夕暮れの街  2

                   4

 

 ――ガラスの破片を盲目的に巨漢の太い首に刺す。だが、それが人間の首などでは無く、冷たく無機質な、ただの電信柱であることに気づき、ハッと我に返った。

 黒いカーテンが空を覆い、黒猫と影が闇に蠢く。そしてそれらを星々の下に曝け出そうとするかの様に、街灯がレモンイエローに灯っている。均一な高さのコンクリート塀の路地を照らすその光は、まるで刑務所のサーチライトの様だ。

 いつの間にか訪れていた夜。私は無我夢中になって遊んだ、幼い頃の感覚で殺人を繰り返し、そして時さえも忘れていたのだ。

 突き刺すような夜風が私の思考を狂気の熱から正気の冷塊に変えていった。星々と街灯の光によって、不気味に彩られている血染めの路地。そして鼻を突く血の生臭い匂いに、私は吐き気を覚えた。

 足下には醜い奴らの屍が、累々と積っている。血の海の中で美しく輝く彼らの見開いた眼。その輝きは生前の死んだ鰯の様な眼とは全く違う、子供の眼の様な透明さと純粋さに満ちている。

 私がしたことは正し……かった……?いえ、きっとそう……。足下の醜い奴らの為にも、どこかへ消えてしまったハッピースマイル達の為にも。私は醜い奴らを美しく変え、ハッピースマイルをサッドマシーンに変えないようにパーティーを続けた。私はスプリー・キラーでもなければ、発狂した電気羊でも無い。私は不出来なケーキを切り分け、夕暮れの暖炉に灰色の薪をくべ続けただけ。四十年ものの赤ワインを飲み、踊り続けたのは私じゃない……。私は何も……。頭を抱え、うずくまる。そんな私は夢の中へ逃げていくような感覚に陥った……。

 

――暗闇の中で銀幕を私は見ている。タイトルは「2222年のキチガイ裁判風景」

映画は冒頭からクライマックスの様だ。

 

舞台は最高裁判所。裁判官はジャンキー。陪審員はドラッグクイーン。

・A氏、「イヤオマエハヒトゴロシ」そう、私は人殺し。スプラッタ・ムービーの怪人なの。

・b氏、「イヤキミハタダノパーティノシュサイシャ」そう、私は唯の……。

・静粛に!静粛に!これより判決言い渡す!

・裁判長、「……に死刑を言い渡す」ここで鬱気味の裁判長、ミッキーの着ぐるみを着て、××××を十数本打ち込む。その間僅か5分。被告人は唖の様に押し黙り、江戸川乱歩を読み性的興奮に陥るも、執行官に取り上げられるという一幕が。傍聴席はドッと笑う。

・裁判長もといミッキー、「スルスルスル~天井から蛇のように絞首刑様のロープが降りてまいりました。満員御礼・拍手喝采!さあ顔に赤い布を巻かれた被告人が十三階段を一歩また一歩と登っていきます。オーットあと一段というところで止まってしまったァー。頭を抱えてうずくまって泣いておりまする。同情なんてしないぞー。いい加減罪を認めろー。といったブーイングが飛びます。トビマス。私はドラッグでトビます。アアアアアア。アーッいつの間にか被告が階段を上り切っておりました。申し訳ないフヒヒヒヒヒ。さあ、執行官の手によって首に輪が掛けられました。ガターン、ブラーン、ブラーン……ぐらーん、ぐらーんといった屁のツッパリ具合で、狂人の様に裁判長席でまくし立てる私の脳髄にもドラッグの成分が回ってきました。そんな私の前に下らない文章が。ナニナニ「星々と街灯の光によって、不気味に彩られている血染めの路地。そして鼻を突く血の生臭い匂いに、私は吐き気を覚えた」ククク。手前でやっといて、そんなセリフは無いだろう。俺はお前のそのセリフに吐き気がするぜ。お前はただの人殺し。誰も彼もがお前を人殺しとしか見ていない。人間て奴の中には不思議な奴もいて、残酷なモノや血を見ると喜ぶ連中も大勢いるんだ。人気映画を見てみりゃ分かるだろ?見ろ、お前が首を吊って死んでいるのを。お前が何もできなくなったと見るや否や、傍聴席の奴らは無関心な目で見ている。例えるなら、お前は人を喜ばすための見世物小屋の使い捨て芸人。次のお前を見るのを楽しみに、また明日から彼らは生きていくのさ。君はもう彼らの笑顔なんて見ることなんて出来ない。価値の無い君はもう死んだ方がいい。後ろを見てみな」

 私はハッと振り返った。

 暗闇の中、笑顔のミッキーマウスが斧を振り上げている。

 絶叫のち暗転――。

 

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――得体のしれない幻覚の中で殺され、黒と赤に支配された世界に私は戻った。

 漆黒の夜空と纏わりつくような血の匂いが、ここが現実世界だということを示している。

 不安と恐怖の渦が私の身体を、頭を支配していく。

 私は太陽の様に憎々しく輝く街灯の下、発作的に起きた猛烈な痒みを耐えることが出来ず、浮浪者のように頭を掻き毟った。

 パラパラと木の葉のように落ちる、蛆。

 血だまりに浮かび醜く蠢く蛆は、紛れもなく私の皮膚の中から出たものであった。無数の蛆が頭皮の傷口でジクジクと蠢くのを感じるのだ。

 私は獣のように絶叫しながら、一心不乱に頭を掻き毟った。

 掻けば痒みは治まるが、クラブでダンス・ミュージックが始まったかのように、蛆が皮膚を突き破る様な勢いで不快に蠢く。

 掻かなければ、蛆は蠢くことをしないが、その代わりに猛烈な痒みが襲いかかってくる。

 八方塞がりの絶望的な状況で、赤と白に染まった自分の指を見つめている私を、鏡の様な血だまりが映し出している。その表情は虚ろで、いつかテレビで見た、戦争で精神を病んだ帰還兵をふと思い出した。

 ブラウン管の向こうに映っていた、魂が抜けてしまったかのような虚ろな表情。何が正しくて、何が悪いかなんて、この世の中には存在しない。神様だって殺すはずさなんて強引な正当化をしても救われなかった、哀れな犠牲者の彼ら。投薬とカウンセリング。私と同じ、白いベッドの中から窓の外をぼんやりと眺めるだけの毎日……。

 そんな死体みたいな毎日から、汚れた血のマントをまとった夕日の王子様が、私を選び、誘って下さった。外の世界に出る為にガラスで傷つく私を、手助けすることも無く、笑顔で見ていた貴方は素敵なサディスト。私に自由と笑顔と愛を下さった貴方。けれど、今は罪悪感と後悔を私に与えている、マントを翻した貴方。そんな貴方は私に背を向けて、一体、誰と戯れているの?

 不安、絶望、罪悪感、後悔……。様々な負の感情が湧きあがり、それらが脳内で蛆に変換され、凄まじい痒みや不快感となっている。

 私は頭を掻きむしりながら、血の涙を流し、夜の帳を引き裂くような叫び声を上げ、走り出した。

 ここから逃げなくては……でも、何処へ?何処へでも良い……。とにかく……。

 無間回廊の様な路地を右へ左へ、死体を蹴散らし、血だまりを踏み、黒猫の様に奔る。不協和音のサイレンと、どこからか響く笑い声を鼓膜に受けながら、私は奔り続ける――