haiirosan's diary

散文とか

秋の水牢

 廻る廻る夢現と幻覚の中、私はクーラーの下のアイスキャンディが溶けるまでの数週間の間、翡翠­色と紅色が絡みあう水牢で踊り続けていた。

 ダイス模様のダンスホール、ストロベリー・ダイキリがなみなみと注がれたグラス越しに覗く、白黒赤が織り成すおてんば娘の蒼白くか細い足の刻む甘いリズム。私はその足さばきとMが無軌道に語り続ける仮面の告白を平行世界の中で聞き漏らすまいと、SHUREのヘッドフォンを外し、無防備な世界で天井のおぼろげなパノラマを凝視していた。

 セーターと思いきやまっさらなシャツ、めくれた影から見えるネグリシェの欲望と桃色の翼。ホーリーバジル・モヒートと踊る褐色の道化は少なくとも僕の痩せこけた左手には反応しない。そういえば右手に浸かる水槽には、箱舟にいるあの神気どりの男達を無残に食い散らかした虹色のカンディルの群れが居たはずだけれど、この家には3人の悪夢がいるから、骨になっても気にしないぜ。

 青1号、赤2号、?5号で構成されたアイスキャンディ。透明な夏のスイミング・クロールの真っ只中、彼女が溺死したのは、水槽で数式の渦を消毒できなかったからだと訴える両親は白目を剥いていた気すらする。

 ところでブリティッシュ・バーで眠る浮浪者の嘆きは恐らくこの世界が実は夢の夢のまた現実を反転したまるで水牢のような嘔吐すべき世界であり、そこに正解などあるはずもなく、凛としたウイスキー・ボトルに口をつけて呑むその姿は何時かみた「どん底」のノスタルジアでもあり、本当の底は確かローカル線三番ホームの血濡れたベンチで見たのだけれど、僕はその記憶すら曖昧で、柱にこびり付いた桃色の血液と吐瀉物が逆行する終電後の私鉄の想像と、僕のVANSの靴にへばり付いたアノ女の使い古した口紅の記憶だけが秋の夜明けの悪夢に10000000回も出てくるのだった。

「紅葉はまだかい?」私の横に佇む彼は一体誰に聞いたのか、或いは夢幻の最中なのか、またはかつらがズレそうな推定40歳の男に訪ねたのか、それとも涙雨に濡れた哀れな黒猫に問いかけたのか……老けた磁力に吸い寄せられるパトカーのサイレント。重力は無力であり宙に浮く牛の群れにキャトル・ミューティレーションを連想するPS3はもう非売品となっており、駅前の孤独を売るけばけばしいエビアンのボトル共、青服はぶら下げたニュー・ナンブを信号機に向けて発射する。

 砕けた青、水がスカートから零れ落ちる。硬水は受け入れられない、やはり軟水ではないとね、と水族館の企画展に飾られたヒョウモンダコも呻く午後にはタイムラプスも明滅する季節に怨霊と化した少女を一瞬の狭間に刷り込むことを躊躇いもしないのだろう。列に並ぶ金魚は酸素が足りず、ただただ90分待ちの午後三時をカステラの氷砂糖を舐めて過ごす。

 すでに舞い散るチルアウトした金木犀の残り香。私はベージュのカーテンに沁みついたその儚い匂いをオリエンタルな奇臭のする香を焚いて掻き消し、一心不乱に座禅に耽る。翡翠色の水が浸す密閉したこの空間。食も書も妬き捨てた私の記憶には最早一行たりとも残る詩などなく、失くした感性を自傷する惨めな天使が嗤う場面のみが浮かぶ。AM4:00、水没した彼女も結局は僕らが水死体となった時と似たように憐れに膨張し、蟹や蝦蛄に蹂躙されるのだと思うと、何故か笑いが止まらなくなった。