haiirosan's diary

散文とか

私の『千と千尋の神隠し』論

①「千と千尋の神隠し」における橋について。

千と千尋の神隠し」における橋と他の話における橋との関係性について述べていきたい。

千と千尋において油屋と飲食店街を繋ぐ橋が、物語の重要なシーンにおいて何度か現れる。例を挙げると、千尋がハクと初めて出会う場面や、千尋とハクが油屋に入っていく場面、湯婆婆と交わした契約を解消し両親と共に元の世界に戻る為、最後の試練に臨む場面である。これらの場面の中で、特に橋に関する話と共通点がある場面として挙げられるのは、千尋とハクが油屋に入っていく場面である。ここでは、小松和彦『怪異の民俗学⑧境界』に挙げられている「橋姫伝説」の話の背景に共通点が見られるので、それを比較対象としていきたい。

 まず、橋姫伝説についてであるが、長柄橋(大阪の淀川に架かっている)の工事の際に、完成するためには人柱が必要であり、辻占いによると袴に白い布をつけている者が通りかかったら、それが人柱になる者だという。人柱が必要であるといった男が、偶然袴に白い布でほころびを繕っていた。橋奉行は男を人柱にし、その女房と子供も一緒に人柱になった。そのおかげで橋は完成したが、人柱になった女房がその場に橋姫として代々祀られるようになり、ついに橋の守護神になったと語られている。というものである。この話に関して小松和彦この伝説の背後には橋が往来の激しい場所で、そこを通過するときにはつねに運命に関わる危険な状態になることを暗示している。と述べている。

 前述した小松和彦の考えは、千尋がハクと共に油屋に入っていく場面における、橋の上で呼吸をしたら油屋の者に千尋の存在が発覚してしまうという危険な状況、そして橋を渡る際に呼吸をするかしないかによって、自らの運命が決まってしまうということと大きく関係していると考えられる。

 

②「千と千尋の神隠し」における橋の役割と異界としての街・油屋について。

次に橋の役割と異界としての街及び油屋について述べていきたい。藤本憲太郎は「千と千尋の神隠し」の研究論文において、一般に赤い太鼓橋はいうまでもなく俗の世界と聖なる世界を結ぶものである。しかし、その先にあるのは非日常の世界ではあるが聖なる世界というよりはもっと俗な世界、千尋が千となってさまざまな経験をする象徴的な世界である。すなわち、赤い橋は本来の機能を離れて、現実の世界と異界とを結ぶ仕掛け(メタファ)として使われている。と述べており、橋を作品における境界線として重要な部分としている。このことは、街をさまよう影が橋を渡って油屋に入れないことや、橋の上では呼吸を止めていなければいけないということと関係していると考えられる。

 だが、千尋が入り込んだ街は現実の世界のように見せかけてはいるものの、飲食店や飢と食と会や豚丁横丁通(※豚は大食と貪欲の象徴)といった食に関する建物ばかりであり、呪・蟲・鬼の看板や不気味な目・唇の看板等、異様な印象を与える看板が点在していること、日本的な建物や西洋・東洋的な建物が混在しているといった、不自然な構造となっている。さらに夜になると店の赤い灯りがともり、不気味な影が通りをさまよい歩き、街が異界として機能し始めている。また橋の先にある、千尋が「変なの」と見て呟いた、奇妙な油屋(湯屋がモデルとなっていると考えられる)も同様で、夜になると灯りがともり、異界としての姿を明確に現していると考えられる。

『「千と千尋の神隠し」の謎』において、湯屋には湯女がつきものだった。湯女の仕事としては、浴場では爪で傷をつけないように客の背中の垢を洗い流したり、休息座敷では、酒の酌をしたり、三味線を弾いたり、売春をしたりしていたようである。風俗上よろしくない、ということで明暦三年(一六五七年)に禁止されたが、その後も江戸では元禄末(一七〇三年)頃まで湯女の風俗は絶えなかったという。と述べられている。この湯屋の姿が油屋の背景にあるとすれば、油屋は疲労を癒すことや娯楽に耽るのみならず、性的な欲望を満たす場所となっていたと考えられる。

 これらのことから、夜になり異界としての姿を現すことによって、油屋と街の間に架かる橋は境界線としての役割だけではなく、食欲を満たす為にのみ存在しているかのような街と、性的な欲望を満たす意味合いもあったと考えられる油屋とを、欲望(食欲・性欲)を満たすという共通点によって、異なる欲望を繋ぎ、千尋のいる世界が欲望のみで形成されている世界であるということを示しているのではないだろうか。

 

 

 

1、小松和彦『怪異の民俗学⑧境界』河出書房新社  2001年

2、同上

3、 藤本憲太郎「宮崎駿監督作品「千と千尋の神隠し」における建築のファサードの果たす役割について」「関東学院大学人間環境学会紀要」2005年

4、Taco studio『「千と千尋の神隠し」の謎』三笠書房 2001年