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haiirosan's diary

散文とか

8月23日

 焼夷弾によって焼け落ちたかのような褐色の紅葉が、5cmの隙間を通りすがる誰も彼もを包み込み、「行方不明」という名の終着駅、或いは何処か知らない世界の果てへとランダムに弾き出してゆくような夢を見る季節。秋は終わりを告げ、もうじき訪れる気が触れそうな真冬が足音をたてて迫っているにも関わらず、何故か私の脳裏には「8月23日」という日付が時折浮かぶ。

 西瓜を切り刻む次いでの鮮やかな殺人、麦わら帽子の老婆と鎖鎌。鶯の生首は西欧の吸血鬼によるものだと、ニューナンブを夏空に向けて無造作に撃ち続ける田舎の警官。カーブミラーに映る真っ赤なドレスの少女の涙、それが訴えかけるものが何かなんて、水色のラムネ瓶に挿入された、透明なビー玉を取り出すことに夢中になっていた私にとってはどうでも良い事柄だった。

 それはとある夏休みの一日、実家の水田に水没した女の腐乱死体をザリガニの餌にしている時、私はその死体のおこぼれを裁縫針で穏やかに、そして一心不乱に突き刺し、柔らかな脹脛を凌辱していた。蒼白い肌に付く1mmにも満たない小さな穴、黒い太陽が731部隊の影を暴き出す炎天下、滴る汗にどす黒い血が交わる刹那にも、私の心の隙間が満たされることは無い。

 渋谷スクランブル交差点、私を見る人、人、人人人。売春婦、糞餓鬼、肥満体のカメラマン、マドラスチェック・ハット、セルロイド眼鏡、トイカメラ共の戯れ。失禁していそうな白痴の群衆の中で厭に目立つ、松葉杖をついた学生服の途方も無い美少年がもしももしも確実に美少女であったなら、私は革マル派の名誉ある一員として灯油を引っ被って焼身自殺を図ったのに。ところで、彼或いは彼女の紅い梅のように火照った唇を、隣のか細い女が紅い爪で艶めかしくなぞった瞬間に、その淫蘼さと罪悪感に、私は自らの手首を切り裂いた。

 だが、そこから流れるのは腐りきった血液では無く、ハイオク・ガソリンであり、どうやらフェラーリ458に給油した時に誤って軽油を注ぎこんでしまったからだと、両国行きの電車内でうな垂れる僕に花束と焼酎をくれと問う午前四時の鈍行、吊り皮で首を吊る百余名の水着には白い薔薇が刻み込まれているが、強冷房すら無効の日と化した朝明け、誰一人として本物のアルジャーノンの花束を持つ者はいなかった。

 今日、8月23日は薄ら寒く、相手のいないチェスを独り惨めに行う私の指先も、何かを思い出したかのように時折小刻みに震えるのであった。