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haiirosan's diary

散文とか

ライムミントの午後

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 幾重にも重なる薄氷の様な甘酸っぱい生地と、少女の紫色の唇、コンビニの片隅に沈むタブレットのプラスチック、溶かす清涼と荒涼感。『アップルパイの午後』を読み終えた午後三時、群青色のカーテン、隙間から垣間見える現実の轍。私は何処からともなく流れる積乱雲と、翡翠色の空を見上げ、ふっと溜息をついた。

……ライム色の被膜が世界を覆う、薄荷のような冷たい空気が私の渇ききった唇を撫でる。其処に温かさなど無く君も彼も彼女も私も、歪な氷塊を心にへばり付かせたまま、虚ろな熱気を帯びた新宿や渋谷を孤独に彷徨うのね、と。独り嘯く路上、もう一人の私は無機質な電線が揺れる住宅街で、無邪気にブーツを踏み鳴らしている様な、逃れようのない運命の三十分後、青緑の靄の中に取り残されるであろう私の諦観はそんな幻覚すら視ていた。

「柑橘類を刻む時、僕は何故か人を切り裂く時よりも感傷的になる。こと蜜柑よりもレモン、レモンより初々しいライムを刻む時は」AM1:00まではバーテンの仮面を被り、数年後には君も私も愛する、電脳世界の無限回廊に狂人としてその名を遺す「彼」はかつて唯一心を赦した私にそう語っていた。しかし、それは何杯目かのジントニック、或いはgimletの45°が廻る暗い暗いBARでの会話の断片であり、恐らくカウンターに置かれた、透明な檸檬水に満ちた清潔なウォータークーラーに深緑色の苔がむしていたような気がしていただけなのかもしれない。アイスピック、突き刺さるのは露西亜の碧眼と畸形のグッピー、印度から流れ出た死灰に埋もれるレモンライムの不器用なラベル。

――何時か夢で見た茨の迷路。ライムグリーンに彩られ、複雑怪奇に入り組んだその空間には、3m毎に誰のかも解らない動脈血がこびり付いていて、そのコントラストに私はタール混じりの涎を垂らす。そして鋭利な茨に脈絡なく絡みつく、何かしらの臓物に喰らいつく鴉の様に、この空の下、否空の中と云うべきか、私の心はどす黒く染まりきっていて、右手に持つ残り230mlのWILD TURKEYも小刻みに震えているのだ。

 歪な鸚鵡とバナナフィッシュの群れ、紅に染まる蜂の群。翼のない私は孤独であり、10m先以降は孤独に生きることが赦される場所では無いことは、生まれた瞬間に実は判っていた気すらする。臍の緒で創られた入口の桟橋、切れ端から潔く飛び降りるか、何時か読んだイカロスの如く、彼方に見える黒い太陽目がけて無様に墜落していくか、私は何十年もの間、堕落のアップルパイに溺れ、戒めのタブレットを口にしては吐きだしていた。そして、この爽やかで血生臭い世界にGAME CLEARという選択肢が無い事を知りながら迷い、杖をつかなければ動き出すことも出来ないまでに生き永らえてしまったのだ!

 彷徨い歩く街、アナフェラキシーショックとカンピロバクターに冒された身体に、路地を覆い尽くすライムが容赦なく激痛と不幸な清涼をもたらす。午後三時、黄色のマフラーで窒息しかけている私と、藻が左眼から零れ落ちる君があてどなく彷徨する寒いさむい二月とこの街は、腐りきった心と腐りかけのライムが黄緑色に塗り潰そうとしている。