haiirosan's diary

散文とか

凍狂 Psychedelic garden

 何処からか祭り囃子がドドンと鳴り響く午後二時、10月半ばの渇ききった風に扇がれ、私は山手線M駅に降り立った。

 降りた刹那に気づいた、電車の外壁にへばりつく、6mはあろうかという虹色の巨大なヤモリの存在。派手な身体の色とは裏腹に、彼はどこか淋しげな、そして虚無的な眼をしていた。

「誰か僕を、ダレカボクヲミテクレ……」と、誰も彼も関心を持たない孤独な戦場で、彼はその曖昧な長さの人生を、誰かしらとたった一度でいいから共有したいと思いながら、静かにその生を終焉させていくのだろうか。

 さて、M駅は改札を出て正面に飛び降り自殺用の橋が存在し、右に進めば、すぐに広大なG大学と、そのG大の厳重な囲い柵に寄生するかのように、『凍狂 Psychedelic garden』という名の、紫や深緑の大麻?煙が漂うスウィート・スポットが存在している。

 幼小中高大とエスカレーター式で行けるG大(某漫画ヲタ総理、皇室御一族の誰かしらも御出身だったような)に将来的には通ようと思われる、如何にも育ちが良さそうなおぼっちゃまとお嬢様。彼らの希望や未来に満ちた瞳と歩みを尻目に、虚勢に満ちたマントラや、得体のしれないサイケデリック・アートで飾られた、外からでも丸見えな簡易テントの中でゆらゆらと踊り続ける、ヒッピー・リバイバルの如き目の死んだドレッド・ヘアーの老若男女。時折垂れ流す糞尿涎、白目を剥きながらテレキャスターで刻むレゲエ・カッティング、ハイハットがチリチリと鳴り響くビート。

 これは一体立体LSD、コカイン・モルヒネ・メスカリンの悪夢か是は色是空なりって最早何を焚いたのかすら判別不可能な紅花色や鬱金色の煙も交わり、それらによって形成された不気味なオーロラがその周囲の空間を支配しはじめる。咳こむ小学生、嘔吐する中学生、アコムで門前払いな馬鹿な高校生。

 私は、これではいかんこれではいかん是では遺憾、と頑固親父の如く思い、改札左手にある小さな駅前交番に駆け込んだ。「公僕……い、い、いや、失敬、お、お、おまわりさーん、渋谷じゃないのにトリップしているツマラナイBEEFをカマシテいるドープ共がいまああああーす」と喚き散らしながら。

 交番の中には一人の警察官が居た。だが、白目を剥き、呻き続ける彼もまた複雑怪奇に織り成す五重奏の煙によって、完全に「向こう側」の世界に足を踏み入れており、如何にもビッチな女子大生風なトんでいる女の手首を手錠で固定し、その尻をショットガンの銃身で鞭のように叩き続けていた。

 Sunday people、明けないラスタファ・パーティの中で正常なのはヤレヤレ私だけかと思い、交番を後にしようとしたその時、凄まじい爆発音が鼓膜を突き刺した。

 どうやら、煙立ち込める脳内世界で涅槃にまで到達してしまった警官が、「その先」を見ようと自らの命を断とうとしたのだが、何を誤ったのか自分の頭では無く、SMプレイに耽っていた女の頭を散弾によって吹き飛ばしてしまったのだ。

「アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッー!!!」

 彼はそう叫ぶと、交番の窓ガラスを銃床で叩き割ると、周囲に向けて無軌道に発砲し始めた。カーネルおじさんのドテッ腹にどでかい穴が空き、スタバの看板の女神が即死し、ファッキン・ドナルドの右眼が潰れる。どこか楽しげな悲鳴、高まる喧騒と狂騒、ビッグマックをさらに肥大化させようと躍起になる、レタスと血に彩られたレイブ・パーチー、右腕に垂れる朝鮮朝顔、左腕に流れる闘争の血、ラリったDJミキサーからかイヤ恐らく緊急車両のサイレンが耳を震わせる。

 大破したフェラーリの硝子越し、ドレッドヘアーに寄生した蚤が巨大化しテキーラコークはコケイティッシュに悶えグラスごと破裂するポングのポンゴ8ビートが半拍ずつずれる快楽にガンジャの東京砂漠でも蒼い砂塵と三日月オアシスの蜃気楼が立ち込める。乱れる手足、見られる世界の終わり、五月雨の夕暮、蝉時雨にひぐらしが纏わりつく裁縫の時間、私は三番目の花子さんがトイレから出てくるまでの長い時間何時も取り残されていたけれど、今はラスタファの教えがすべてを無かったことにしてくれるカラシニコフでぶち抜く東京バビロン、障子、スクールカーストの上辺を煙に巻くビーツポークビッツは反吐がでるエスカレーターから笑顔と絶望と共に転落してゆく私の目の前にlike a harbの時速200マイル・ス・ディヴィス・トランぺッター兼デイドリームビリーバーが運転する2tトラックが――

 

――私は目白庭園の池で、二匹の鯉が同時に舞い上がる瞬間のノン・フィクションを網膜に焼きつけて、三番線ホームから池袋方面へ向かう電車に乗り込んでいった。線路の上、刹那の間に干からびたヤモリが轢き潰される光景を見た様な気がした。