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haiirosan's diary

散文とか

雨曝しの明け方、逆行する正常にうな垂れていた

 雨音がざらつく午前八時、靴音で溢れる無機質な改札の、間断なく鳴り続ける小刻みで無慈悲な切符を切る音色。電光掲示板には今日も赤字による「×××線、×××駅~×××駅における人身事故の為……」という表示がけばけばしく表され、その人身事故を起こした人物が実は「私」であったのではないか、何故かそんな思考が酩酊した頭を擡げ、私は水滴に醜く濡れた右腕に眼をやる。――夢現の間に見た切断面に沁みる酸性雨は聖マリア像すら血の涙を流させると、何時か読んだ本に書いてあったけれど、その本は焚書にあって惨めに焼け落ちていった記憶のずれた、いや擦り切れた靴下と野球帽には共にベレッタから放たれた鉛弾による穴が空いている気がした。

 無軌道な車輪の下、私じゃない誰かが身を投げる瞬間、確かに誰もが渇ききったシャッター音を響かせていた。その音は悲鳴のような警笛よりもけたたましく、私の口元を僅かに緩ませる。

 窓の外、孤独のままに啜る赤茶けた薄い珈琲。カーテンコール、雨が掻き消す写し世の穢れた情景。叩きつける水滴は例えば或る人にとっては心を浄化するものであり、また或る人にとっては自らの衣服や靴を濡らし、汚す害悪のようなものであると、それは言わずもがなの当たり前の話であるが、眼に映る真っ赤な雨合羽を纏った少女は雨の中、地蔵のように立ちすくみ、幼い長靴で紅花色の弧を不器用に描いていた。滲む赤、流れる水に崩れゆく弧、冷え切ったコーヒー、真っ白なカップがひび割れる。

 私は何故この時間に蛍光灯の淡い光も消し、テレビも消し、クライクライ部屋で爪を切っているのか。静寂、反転、陽転した世界、沙羅沙羅と穏やかに流れる泥水の河に祈りを捧げる彼は「世界は必ず良くなる」と訴え続け、やがて何処からか流れてきたライフルの銃弾によって脆くもその人生を閉じてしまった。そんなもんだ、人生はと別の人間が揶揄するように短い言葉を放つが、果たしてその言葉に希望はあるのか、はたまた絶望に満ちているのか、心を喪った私にはその真意を読み取ることが出来なかった。彼にその意味は?と尋ねようとした刹那、降り注ぐ焼夷弾が私以外の全ての人間を焼き尽くしてしまった。

 黒焦げた人々、慈悲深い雨すら彼らを灼く業火を掻き消すことは出来ず、それでも死ねない生焼けの人々は今わの際を駅あるいはバス停に向かって、よろめきながら歩いてゆく。すれ違う彼らは灼熱と眼の光を帯びたまま、果たしてまだ生きたいと本当に願っているのか、、私はふと、カーブミラーに映る自らの顔を凝視する。地獄のような炎と呻き声に包まれた世界の中、眼のクマと蒼白く染まった肌、そして濁りきった瞳が亡霊のように際立って、その姿は、この世界では私だけが死者であるのではないか、そう思いこむ雨曝しの明け方、私は逆行する正常にうな垂れていた。