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haiirosan's diary

散文とか

クロールの真実、プールの水と塩素の海、17

 私の住んでいる古びた木造アパートから徒歩約十五分、意識しなければ気づかない様な〈其処〉に死に場所はあった。駐輪場には何年前に停められたかすら分からない様な錆びた自転車の群れ、乱雑に置き捨てられた斑模様のサンダル、朽ち果てたアイスキャンディーの自販機。そして屋外プールならではの、乱暴に藍色と橙色で彩られた、荒天中止の看板は、真夏にしては嫌に涼しいある日に頸を括った、それはソレは綺麗なオーナー・S氏の不細工な首飾りにすり替えていた無 邪気な記憶。

 25mCrawl,50mクロール、僅か100mで狂い溺れた夏の夕暮。人も夕景も光も見えないミエナイ不気味なほどに透明で無慈悲な水の中、泣き叫ぶ鴉と幼児のオーケストラに無軌道に撃ち込む散弾銃。刻むバタフライ、月光ナイフ、切り裂けハイター吐いたぜ糞餓鬼が塩素毒素酸素は雲隠れした蒼の世界。その水面に紛れた僕を冒す彼或いは彼女の未来絵図は何時か図書館で見た地獄絵図に似ていて、僕はあの異様に見開いた、そうまるでⅢマイル先の父のような白く濁った瞳孔をニッパーで拓くことに必死だった記憶を「自由帳」に描き続ける。

 大開拓時代のアメリカン・ドリーム、黒人奴隷の叫び、ムンクのサケビ、あけびの腐り滴る季節、僕は路上に咲く蜜を一心不乱に吸い尽くすことに夢中だった。アスファルト、転がる親友の靴だったゴミ屑。そしてあの花が廃車工場から流れ出る虹色の廃液のシロップに漬けこまれている事実も知らんぷりしつつ知っていた彼の笑みは確かにアノ日酷く歪んでいた。無機質なプールサイド、生暖かい血混じりの泡と呻き声を吐くことしか出来ない彼を凝視し嘲笑い続けることしか出来ない僕らの夏休み最終日。

 地上10m、少女の曲線美の刃が夏のぼやけた輪郭を切り刻む。誇りと夢を胸に抱き、飛び込み台から見下げたあの日の屍と犬の群れ、私の眼下に広がる透き通った着水点は穏やかに、だがタダナラヌ情念と鬱屈に満ちた滑らかさが水面を静かに漂っている。

「クロールの真実、プールの水と塩素の海、17 クロールの真実、プールの水と塩素の海、17」後ろで待機するあの娘が私の耳に届けるかのように呟く。

「豚の花 クロール 引き裂く肌 モナカアイスの残骸 消毒 触れる肌は不気味 潔癖の発作 海にシタイ プールに金魚 17番目の更衣室 気の触れた待合室 十七歳のハローワーク 溶けない錠剤 17人の亡霊 ライフセイバーは消したの」

 唐突に感じる、氷のように冷たい掌、触れられる心地よさと、まるで異形の蟲に触れられたかのような感覚が同居した世田谷区の夢。そう、これは冷めきった夏の夢だって。私は穏やかに練習を終えて、演習では貯水池にて人を殺して、公衆の面前で校舎から着水点に向かい静かに飛び降りて……。

 プールサイド、茜色の夕日に染まる17アイスクリームの自動販売機で買った、グレープ・ソルベの味は幽かに鉄の味がした。