haiirosan's diary

散文とか

Kill Be Vodka

 硝子のように透き通ったギルビーウォッカが、冷えたビールジョッキになみなみと注がれたのは、嘘寒い9月の朝のこと。白い太陽は磨りガラスの奥でボンヤリと縮こまり、私の網膜を穏やかに焼いてゆく。心臓の鼓動は僅かばかり早まり、それは記憶の牢獄に閉じ込められた池袋のゲームセンターB1Fの紫煙と何時かのピンボールゲームの轟音の記憶と共に♭を刻む。

 ショットグラスと歓声、屈強な肉体、髭面の彼らは円卓の騎士の如く、先の尖った杯を掲げる。だが、彼らの頭上にて舞い上がる、世界の軍事警察による無軌道なパトリオットによる粉塵と、丸みを帯びたキノコ雲によって瞬く間に、幼児がたどたどしく結んだリボンの如く脆い約束は破られる。

 昭和六十九年、大衆酒場のワンシーン。ドス黒い影が跋扈するターミナルにて都市バスが放火され、赤の他人の子供が火だるまになったアウトテイク。その中で、助かるはずもない「カれ」を救おうとしたから君との約束に遅れたんだー、と無表情且つ自慢げに語る二十代半ばの彼の濁りきった瞳に幽かに写っていた光景。

 対面する純粋な眼の少女、震える手先、鞄から垣間見えた鋭く光るナイフと透き通ったアルコールの夢。

 私は野菜のみで構成された慎ましい夕餉を頂いたあと、三時間~四時間もの尊い時間を、ウォッカで濡れたベッドで過ごしていた。

 眠り居眠りネムリユスリカ、強請っても、も、も、もう金はない らしい。

 所謂スクールカーストの最底辺である私の寝床は常に固く冷たい木製の業務用机の上であった。かつて誰かしらがコンパスで刻んだ不明瞭な憎しみ、期待の持てない人生、夢も希望も無い現状、家の体裁を取り繕う為に過ごす怠惰な異常。

 当時、私の救いはすでに腐ってしまった菓子パンと共に机に突っ込まれたギルビー・ウォッカの瓶であった。群れる醜い鴉、錆びたフェンスによって囲まれた屋上で、「それ」をチビリちびりと舐めながら、吐き気がするほどに澄み切った田舎の青空を眺めつつ、遥か下方の花壇に咲き乱れる黒百合に、何気なくアルコールを振りかけることが日課であった。

 健やかな環境で生きる堕天使は渇ききった陽光の下で、何故か死体のような存在の私よりも早く、そして確実に醜く死んでゆくのだ。

 咲かない花、咲く花とチル花弁。狂騒に満ちた渋谷のクラブ。綺麗な水など摂らない、ギルビー・ウォッカ漬けの彼女或いは彼らは夜の舞台で閉じた蕾を開くが、終演後の途方もない孤独に、嘗ての記憶を錠剤と共に汚水に流そうと必死でもがく。駅構内の汚れきったトイレットアソコカラデルノハうぉっかノ後悔と透明な死の予感だってさ。

 ざらついた白黒ダイス模様のフロア、ざわつく閉ざされた世界の中、The Velvet Undergroundのレコードから流れるAfter Hours。ドラムスのモーリン・タッカーが歌わされた、どこまでも穏やかで無気力な調べは、何時間も流れる過剰なトランスやドラムンベースの隙間を縫って、血塗れの鼓膜を癒し、空っぽのギルビー・ウオッカの瓶に柔らかな罅を刻み込んだ。