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haiirosan's diary

散文とか

S町1-111-111-111-111 唐傘坂

 不穏と不安に満ちた四月、私はいつものように湿気たセブンスターを咥えながら、無気力にベランダの欄干に凭れかかっている。黄昏時、柔らかな静寂の中、不意に死体を引き摺るような音が鼓膜を不快に舐めはじめた。雑音の発生源と思われる真下の坂を見下ろすと、身長が2m近くはあろうかという巨大な女が、ざらざらとした質感のアスファルト上を這いずりまわっていた。腰まで伸びた痛んだ黒髪、壊れた赤いハイヒール、白いワンピースは赤黒く変色している。湿った音とあまりにも不規則だが、獣の呻きのように耳に響く呼吸音が、不気味なワルツを奏でている。

――「唐傘坂にはキ××イオンナが夕方になるとカエルみたいにハイズリマワッテイテ、それを見た奴をズタズタにしちまうんだってエエエエエ~」素っ頓狂な声で叫ばれた、ある種の都市伝説の記憶。それを耳にしたのは私が小学生の頃だったと思う。だが、幽かに残る記憶の中では、そんな女に遭遇したこともないし(というよりも遭遇していれば……)、身近な誰かが猟奇殺人の被害に遭ったという話も無かった。ただ、その都市伝説を声高に叫んでいた女子は、周りから嫌われようと、どう扱われようと常に自分が見た残酷な夢や妄想の話をしており、その女も夢で見た下らない想像だったのかとも何となく思っていた。また、彼女は何故か一心不乱に、私が思いだせない「何かの儀式」に独り執着していたような気がする。そして――

 カーブミラー、煙草屋のショウウィンドウ、その姿はそれらに映し出されることも無く、彼女がこの世のモノでは無いことを証明している。時折、坂を通りすがる小学生やスーツ姿の男、買い物袋を提げた女性は明らかにその存在に気づいていない。見えているのは恐らく私だけなのだろう。都市伝説の通りであれば、ベランダ越しとはいえ、女が見えている私は殺害されるはずなのだが……。やがて夜の帳が降り始め、女の姿も暗闇に掻き消されていった。遠ざかる狂音、近づく渇ききった音と叫び声、陰湿なはじまりを告げる砂埃と足音、さよならを告げる邪気に満ちた手は一本足りなかったのか本当にそうだったのか隠れた鬼は誰だったのか蠢く本当の鬼は誰だったのか私の心の鬼は何をしたのか。

「君が転がるサイダーの空缶を蹴ることに夢中になっていたから、あの日×××ちゃんを×××に落したから、あの子はワタシの居た薄暗い夢の中から帰ることが出来なくなってしまったのよ」と……に嘯かれた。目の前に広がる何時かの夕景、赤いランドセルと黒いらんどせるの幻覚、セブンスターの空き箱と私の影はバラバラ死体に姿を変え、凹んだ空缶は唐傘坂を転がり始めた。