いつかのエアメール、残り香バニラが地上902mでワルツを踊る
「 」ーー沈黙に浸された手紙と香り
世界から誰もいなくなった十二時間を彷徨う
線香花火のように散る不可視の言葉
青に殉ずる無言の芳香と祈り
ターミナルに転がる赤い靴、ドレスシューズ
行方不明者として記録された239は裸足のまま
行き先は煉獄か、それとも楽園だったのか?
砕けるカクテルグラス、遠ざかる影
全ては刹那に消えてゆくけれど、あの夏の音を忘れることはなかった
茜色のリキュールが水平線に火を放つ、その瞬間
彼らの目に浮かぶエンドロールはメロディーに溢れ……
……フィルムリール切れて
人間椅子が揺れるラウンジ
「アイスピックを突き立てれば愛憎が溢れる」
誰かがそう呟いたけれど、誰もここにはいない
時計の針が鉄条網に変換され
壁紙の青が剥離して
僕らは赤い部屋を転がる毬を眺めている
蒼白の貴族の影、空白の万葉集
ノスタルジー、それとも懐古・追憶?
鹿革製の毬から溢れでるメープルシロップに
翻訳家は言葉を喪い
透明なカーテンはゆらゆらと揺れ続けるだけ