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haiirosan's diary

散文とか

Do Re Mi

 酩酊、午後九時のまどろみ。静寂に満ちた小さな部屋にて、小刻みに震える手指で「Do Re Mi」を爪弾く酔曜日。汗ばむ色落ちした髪、乾いたコンタクト・レンズ、安酒の瓶は万華鏡のように極彩色に二重に三重に。十二年前、古ぼけた紙に書かれた楽譜など中学一年生の時に×××の手によって燃やされたという完全なる偽りの記憶。School Fiction,軋むヤマハアコースティック・ギターは私に、楽器を弾くという殆んど忘れかけていた感覚を思い出させる。

 錆びた弦、柔らかな指先、忙しなく不協和音な私と世界と他人の関係。これは一体、いつの記憶なのだろう。探していた未来は天井からひっそりと逆さまに振り乱す黒髪に変わり、代わりの穏やかな幸福は安アパートの玄関先から唐突に響くチャイムで造られる機械人形の産声と分厚い「無料配布の」資料から織り成すインスタント食品みたいなモノかと思えば、例えばかの思想家の……は何をメスカリン中毒になってまで探し求めていたのかと、私は水槽に浸したエコーをふかしながら何気なく考える。1min,反吐と赤黒い血を吐いてベッドに寝転ぶ。

 思想、そして哲学、私にとってそれらは酷く狭まった記憶の片隅に残っているようで、全く噛み砕いた、最早形骸化したパン屑のようにフローリング・フロアで眼に見えないアナタの心のダニか何かの食物となっているのだろうと思う。暗い部屋の中、ちっぽけなテレビで観た広大なスタジアム、数万の観衆が彼を見ている。彼は其処でスターとされ持て囃される。上半身裸の彼は灼熱のスポットライトの白熱光によって、ジリジリと日焼けをしていく。冷たいままの指先、心は醒めきったままで。

 しばらくすると彼は司会者Aの肩に噛みついた。コブシを効かせたスアレススケアスネアストレスデスヴァリー69NロールオーバーキルエムオールAなのに机に突っ伏したまま無反応なA、今にも泣きだしそうなピエロ。彼の足もとの真っ二つにされたフェンダージャズマスターと背後に聳え立つ穴の空いたマーシャル・アンプから不穏な煙が立ち上っている。

 虹色のロールシャッハ、千切れる着衣とさむいさむい廃墟と虚構の幻覚。終電前、地下鉄で見過ごした老婆と幼子の悲劇は空虚な悲鳴となって、誤魔化しのヘッドフォン越しに響き渡る。乳白色の階段の先、フェンスを掴む孤独な亡霊と灰色の朝。半壊したCDプレーヤーから、思いだしたかのように時折流れる「Do Re Mi」を受け止めながら、諦め、生活、夢中夢、それらすべてがコーヒーカップの水面に写るミニシアターを乱し、静かな、とても静かで淡い浴槽の中にその身を委ねることにしたのだ。